機能不全家族で育ったわたし 

機能不全家族の中で育ちました。子供の頃の記憶はぼんやりしていますが、毎日地獄だと感じていました。幼少期の自分の感情から逃げ続けている限り、この苦しさは一生続くのだろうと思い、子供の頃の自分の感情と向き合うためにブログを書くことにしました。

現在のこと ぜんぜん向き合えてない2

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間が空いてしまいましたが、ぜんぜん向き合えていないということについて

前回の続きを書いておきたいと思います。

 

自分が感じていることが何なのかわからなくなることは、

子供のわたしが強く望んだことだったけれど、今はそれだと困る。

 

子供の頃きっと辛かったであろう自分の気持ちを感じきれば

今の私の苦しみは消えると思ってこのブログを書き始めたけれど、

やっぱり今の私には無理だなと思う。

子供のころの自分のことなんてどうでもいいと思ってしまう。

今更感じて何になるって思ってしまうのはきっと言い訳で、

単純にいやなのだと思う。感じたくない。

仕方ないからやろうとしたけれど、本当は全力で拒否したい。

 

私は親を憎んでいないと思うし(たぶん)、過去のこともふわっとしか

思い出せない。

でも確かに子供のままずっと成長できないわたしが私の中にいる。

 

でもこの方法は今の私には無理だと思う。

 

だから方法を変えることにしようと思う。

 

過去じゃなくても今の私の気持ちもあまりわかっていないから、

まずはそこからはじめようと思いました。

 

でもこれでも少しわかるようになってきたのです。

6年前頃にくらべたら・・・。

そのころは自分が何を感じ考えているのかわかっていないということすら

わかっていなかったから・・・。

 

こうして書いていても気付くことはあるし、ほかの方のブログを読んでいても

気付くことやそう思ってもいいんだと楽になれることや、自分もがんばらなければと思う事やたくさんあり、はじめて良かったなと感じています。

みんなこんなにがんばってるのに、私は何をしていたのだろう・・・と思う事もあるけれど・・・

 

というか、それで数日いろいろ思うところあり、自分てほんとうにだめなのだなあと思って情けなくて恥ずかしくて気分が沈んでいました。

 

でもどんなにだめな自分でもそれが自分だから受け入れないといけないと

いうか受け入れてもいいのですよね。というか受け入れることでしか

進んでいけない。

受け入れないとずっとこのまま同じ場所に居続けることになるのですよね。

 

頭では分かっていたけれど、本当にそうなんだと腑に落ちてきたように思います。

感じることから逃げてきたから、頭では分かっていてもほんとうには解っていないことが私にはたくさんある。

 

本当に今ここから始めるしかないのだと思います。

どんなに遅くても、まだ生きて行かないといけないから。

現在のこと ぜんぜん向き合えてない1

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昨日ブログに

 

子供の頃の本当の感情と向き合うって難しい。

もっとらくに受け入れられればいいのに・・・。

 

って書いたけれど、「向き合うって難しい」ってまだ何も向き合ってもいないじゃんと、自分に突っ込みたくなってしまいました。

 

子供のころのことを表面的になぞって、思い出しているだけで、向き合っていない。

どこかひとごとで、遠くから眺めているみたい・・・。

小さなころの自分の感情と向き合うってもっとがっつりその当時の

感情を感じて、「辛かったね」って・・・言ってあげられなくても

せめて当時の感情を否定しないことが出来るといいと思う。

きちんと感じることが大切と思っているのに・・・。

でも私は感じることから逃げてしまっている。

だって本当は「あなたに辛いと感じる資格なんてない!」と思っている。

頭では資格なんて必要ないってわかっていても・・・

 

IDをmushishitegomenneにしたのですが、それはそんなようなブログのタイトルにしようかなと思っていたからなのです。

何か小さい頃の自分の気持ちを無視して悪かったなーって一時思えることが出来て。

その時はそんな気分だったのですが、その一時を過ぎたらとてもそう思えませんでした。

無視してごめんねなんて思えない。本当は無視されて当たり前だと思っているし、自分が嫌いで憎くて仕方ないのだと思う。

1番はじめに自傷行為をした自分に憎しみを向けた自分が、あの時からずっと自分の中にいるのだと思う。

 

mushishitegomenne.hatenablog.com

 

このまま感情に蓋をしたまま、いやなことは見ないで生きられたらどんなに良いだろうと思うけれど、それだと苦しみが消えない。

 

20代半ばころまでは自分を責める言葉を心の中で当たり前のように言っていたけれど、

それは良くないことと知ってからは、意識してやめるようにした。

それから、心の中はポジティブな言葉ばかりになった・・・

でも30代でそれも良くないことなのだと知って、それもやめた。

自分が感じることをそのままジャッジしないで感じるように努めた。

でもためしに、「おまえなんかしねばいいのに」など、子供の頃自分に言っていた言葉を自分にかけるとすごくすっきりして、気持ちがどうしようもないときには最近は言ってしまってる。

でもそれでもいいよって思うようにする。それが自分なんだものねと思う。

 

精神的にあまりにも未熟なのは自分の感情をずっと無視してきたから。

もっと早く気付きたかった。

感情というものは、逃げて逃げて逃げて逃げて、それでも逃げられなかったものを

仕方なく感じるものだと思っていました。

 

今は逃げすぎて、自分から向かっていかないと自分の感じているこれは何なのかが分からなくなってしまいました。

 

子供のころ神様にたくさんお願いしました。

「神様何も感じなくさせて下さい」って。

本当に強く強く強く何度も何度も何度も願った。

感情を感じなくなったわけではないけれど、自分が感じているものが何かわからなくなってしまったから、子供のころ願った事がきちんと叶ったのだなと思う・・・。

 

子供の頃のこと 母が優しかったとき

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母が優しくてびっくりしたことが二度ほどあります。

本当にまるでその瞬間だけ憑き物が落ちたようでした。

 

でもその時だけってわかっていましたけど・・・。

 

一つ目は幼稚園のとき・・・

その日は雪で母と帰り道を歩いていました。 

覚えていないけれど、何かの行事だったのかな・・・

理由はわからないけれど、私は靴下を履いておらず裸足でした。

すると母が自分の靴下を脱いで履かせてくれたのです。

母も寒いはずなのにすごくびっくりしたのを覚えています。

大きな靴下を履いて少しあたたかな気持ちになったように思います。

 

二つ目は小学校中学年位のとき・・・

私は、小学校に入ったころから、夜、布団に入るとわけもわからず涙を流していました。

自分がなぜ泣いているのかもよくわかっていませんでしたが、今思うと抑鬱状態だったのだろうなと思います。

いつものように泣いていると母に泣いているのを見つかってしまいました。

怒られる!と覚悟しましたが、母は「どうしたの?」と聞いたのです。

私はとっさに「いやな夢を見た」と嘘をつきました。

 

そうすると驚くことに母が手で私の涙を拭ったのです。

 

私・・・それまで涙は汚いものだと思っていたのです。

あの時の衝撃は今でも覚えています。

「涙って手でさわれるんだ!!」って。

本当にびっくりしました。

 

最近、子供のころのことを思い出して、精神的に苦しくなってきたので、

優しかったことも思い出してみました。

子供の頃の本当の感情と向き合うって難しい。

もっとらくに受け入れられればいいのに・・・。