機能不全家族で育ったわたし 

機能不全家族の中で育ちました。子供の頃の記憶はぼんやりしていますが、毎日地獄だと感じていました。幼少期の自分の感情から逃げ続けている限り、この苦しさは一生続くのだろうと思い、子供の頃の自分の感情と向き合うためにブログを書くことにしました。

子供の頃のこと 「大丈夫?」ってどうして聞くの?

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なかなか今のことに向き合えなくて、強迫性障害のことも今感じている強迫観念のことをもう少し何を具体的に感じているのか掘り下げて書こうと考えようとすると、心が防御状態になり「無」になってしまう。

 

そんな感じなので、今日はまた子供のころの時に感じたことについて書こうと思います。

 

たぶん幼稚園に入る直前か入った直後ころの事だと思います。

その日は公園の滑り台で遊んでいて、どうしてかは忘れたけれど滑り台の一番上から、落ちてしまいました。

そうすると、たくさんいた子供たちが「だいじょうぶ?」「だいじょうぶ?」と集まってきました。

私は外では泣かない子でしたので、その時も泣かなかったのではないかなと思います。

痛みの中、(だいじょうぶ?って聞いても私の痛みがなくなるわけじゃないのにどうして「だいじょうぶ?」って聞くのだろう???)ととても不思議に思いました。

その時の気持ちは今も覚えています。

 

幼少期の私の家では「大丈夫?」なんて言葉は存在しなかったと思う。

でも知ってはいたから、テレビなどからの知識だったのだろうか?

 

私の人生からっぽだなあと思う。

自分がないにもほどがあって(奥の奥には確かにあるのだけれど)、今生まれたと思って始めればいいのかな。

私は苦しみたくないだけで、幸せになりたいわけではないのだと思う。

数年前までは漠然とした希望を持っていたけれど、幸せなんて望んでいなかったということに気付きました。

 

オキシトシンが間違った場面で分泌しているとかそういったことはないのだろうかと思う。

セッションの時に感じた母に罵られている状態を追体験したときの、絶望感と同時に感じる何とも言えない安堵感?解放感?上手く言語化出来ないけれど、あれは何だろうと思う。脳が間違えて機能してしまっているのではと思う。

依存症の状態と同じような・・・。

本当にうまく言えないけれど・・・。自分でも良くわかっていないから言語化出来ないのだろうな。

ここから抜け出せるのかな。